久しぶりに特許庁と知財高裁とで進歩性の判断が異なる事案が生じたので検討します。発明内容の説明で少し長くなるかもしれませんがおつきあい下さい。
「令和4(行ケ)10111」です。判決言渡日は2023/7/25です。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。
(特許庁は進歩性ありと判断、裁判所は進歩性なしと判断)
尚、こんなことを最初に書いてしまうと以降を読む気がなくなってしまうかもしれませんが(苦笑)、今回の案件はあまり教訓になることはないかもしれません。本件発明と引用発明とを対比すると、本件発明の進歩性はないだろうと第一印象で感じる様な内容で、実際のその通りとなっています。本件発明の進歩性を否定した裁判所の判断が、普段の実務での特許庁審査官の判断に近い感じで、どちらかと言うと審判官の判断が「一体どうしちゃったの?」と思ってしまう内容です。
【本件発明1(特許6062746)の概要】
自動車のドアに用いられるベルトラインモールに関するものです。
下図の赤ハッチングを付した符号10がベルトラインモールです。多くの自動車に見られるもので、普通は黒色をしているのではないでしょうか。少し柔らかい感じのする部品で、上下に開閉するドアガラス4にぴたっと接している部品です。ドアガラス4の表面を下方に流れ落ちる水滴がドア内部に入らない様にする役割を果たします。
部品単体の斜視図だと下の図4のようになります。
この部品は、ドアパネルに沿って車体の前後方向に延びる部品ですが、ピラー部3a(ドアガラス4を上下にガイドする部分)の場所では一部が邪魔になるので、その一部を切除した形状にする必要があります。(一部切除範囲と記載したところ)
切除してない範囲の断面は下の図1(a)のようになります。
黄緑色のアウタパネル1がドアの本体部分で、ベルトラインモール10のピンク色の部分でアウタパネル1の上縁部を挟み込む様に取り付けられます。
ピンク色の部分からは、青色のドアガラス4に向かって赤色の水切りリップ16とサブリップ17が延びていて、水切りリップ16がドアガラス4に接しています。
自動車をお持ちの方なら、一度お持ちの車を見てみるとイメージが湧く筈です。
そして切除している範囲の断面は下の図1(b)のようになります。
破線が切除した範囲です。残ったピンク線の範囲が略C断面形状となり、これにより断面剛性が確保されます。
さて本件発明1が課題しようとする課題は、上記の様に一部切除した範囲の端末部(図4の符号E)に別部材としてのエンドキャップを装着する必要があるが、この部分は剛性が低くなる為、従来は射出成形で端末部Eにエンドキャップを一体構成しており、この場合専用設備が必要となってしまう、というものです。
そこで本件発明1は、端末部を、エンドキャップを取り付けることができる断面剛性を有するようにした点に特徴があります。
本件発明1の構成は、具体的には以下の様にクレーム化されています。
「車両ドアに装着されるベルトラインモールであって、
ベルトラインモールはドアガラス昇降部からドアフレームの表面にわたって延在するモール本体部(11)と、
当該モール本体部(11)の上部から内側下方に折り返したステップ断面形状部を有し、
前記ステップ断面形状部は、
ドアガラスに摺接する水切りリップ(16)を有するとともに前記モール本体部(11)の上部から下に向けて折り返した縦フランジ部(12)と、
当該縦フランジ部(12)の下部から内側方向にほぼ水平に延びる段差部(13c)と、
前記段差部(13c)の端部より下側に延在させた引掛けフランジ部(13)を有し、
前記ドアガラス昇降部はモール本体部(11)と引掛けフランジ部(13)とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持装着され、
前記ドアフレームの表面に位置する端部側の部分は前記縦フランジ部(12)が残るように前記水切りリップ(16)、前記段差部(13c)及び引掛けフランジ部(13)を切除してあり、前記端部はエンドキャップを取り付けることができる断面剛性を有していることを特徴とするベルトラインモール。」
尚、上記赤字部分は、引用発明とは異なる相違点の部分です。
【引用発明】
<甲1(特公平2-11419)>
甲1発明も、本件発明1と同様にピラー部を避ける為に一部切除範囲があり、第1図aは切除されていない部分の断面斜視図であり、第1図bは切除された部分も含めた斜視図です。
以下、審判において認定された本件発明1と甲1発明との相違点1~4を記載します。
〔相違点1〕
本件発明1の図1(a)で赤ハッチングで示した部分が「段差部13c」であり、請求項において「水平に延びる段差部」と表現されています。
これに対し甲1発明では第1図aで赤破線で囲った部分が、本件発明1の「水平に延びる段差部」に対応する部分であり、甲1発明では「水平」ではなく「やや下方に」延びています。
〔相違点2〕
本件発明1においては、段差部13cの端部より下側に「引掛けフランジ部」が延在されているのに対して、甲1発明1においては、「やや下方に延びる部分」より下側に延在させた「部分」である。 ※「部分」は図面では基部13になると思いますが、特段その役割について甲1に明示の記載はありません。
〔相違点3〕
本件発明1においては、「前記ドアガラス昇降部はモール本体部と引掛けフランジ部とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持」装着されているのに対して、甲1発明1においては、「前記ベルトモールディングMは、車体側のドアパネルPに押込んで取付けられ」ている。
〔相違点4〕
本件発明1においては、前記端部は「エンドキャップを取り付けることができる断面剛性を有している」のに対して、甲1発明1においては、その端末部に「エンドキャップ3が射出成形」されている。
※尚、この相違点4に関しては特許庁も想到容易であると認めており、この点について争いはありません。
【要点】
裁判所は、相違点1に関し、以下の様に認定しました。
「・・・段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではない。そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延びるものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認められない。
そして、甲1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められず、甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないというべきである。」
また裁判所は、相違点2に関し、以下の様に認定しました。
「・・・甲1発明1の段差部の端部より下側に延在させた「部分」(甲1の第1図aにおいて13で示される部分)は、本件発明1の「引掛けフランジ部」に相当する部分であると認めるのが相当であり、甲1発明1においては単に特段の名称が付されていないにすぎないというべきであって、実質的に相違するものであるとはいえない。
したがって、相違点2は実質的な相違点とはいえないから、本件審決には、相違点2に係る判断に誤りがある。」
また裁判所は、相違点3に関し、以下の様に認定しました。
「甲1発明1の「押込んで取り付けられ」は、本件発明1の「挟持」装着と実質的に同じように、モールディングがアウタパネルの上縁辺を挟むようにして取り付けられた状態を指すものと認めるのが相当である。
そうすると、相違点3は実質的な相違点ではない。」
【考察】
相違点1に関し、本件発明1の「段差部がほぼ水平に延びていること」が特段の技術的意義を有しないことは誰が読んでも明らかでしょう。また裁判所も言及していますが、本件発明1の課題に対する解決手段(端末部を、エンドキャップを取り付けることができる断面剛性を有する様にした)に鑑みると、段差部は削除されてしまう部位なので、課題解決に何ら寄与しないことも明らかです。
相違点2、3に関しては本ブログで細かく説明しませんが(長くなるので)、特許庁はかなり無理のある認定をしています。(どうしても特許を維持したい理由が何かあったのではないか?・・・と邪推してしまうくらいに)
相違点1、2、3いずれも、何と言うか、出願人が厳しい引例を審査官から提示された際に、なんでもいいから引例との細かい違いを挙げて、その相違による作用効果の主張もせず(できないからそうするしかない)、単に「引例には記載も示唆もない」などと苦し紛れに反論するような、そんな雰囲気を感じてしまいます。
特に相違点1のように、それ特有の作用効果がなくても形式的に引用発明と異なっている場合、その点を主張して特許になるのなら、苦労はしません。
尚、詳しくは省略しますが相違点1、2、3はそれぞれ、甲1文献とは異なる他の文献には開示されています。このことからしても、審判における本件発明1の進歩性判断はかなり無理のある判断であったように感じます。
ただ逆に言えば、無効審判での権利者側の代理人は、上記のように進歩性が厳しい状況の中で、うまいこと不成立審決を勝ち取ったものだと思います。このことは、代理人として少し頭の中の片隅に置いておいても良いのかもしれません。
※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。