進歩性に悩める弁理士のブログ

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【裁判例】 令和4(行ケ)10029 容易想到性の判断の誤り

 今回は「令和4(行ケ)10029」について検討します。判決言渡日は2023/3/27です。異議申立の取消決定を取り消す請求に対し、理由があるとして取消決定が取り消されたものです。(特許庁は進歩性なしと判断、裁判所は進歩性ありと判断)
 尚、最初に申し上げておきますが小生は本件発明の技術分野に疎く、技術内容を理解しきれていない自覚があります。大きな捉え違いはないとは思っていますが、拙い点がありましたらご容赦ください。

【本件発明1(特許6721794)の概要】
 ディスプレイ表面への外光の映り込みを防止する防眩(ぼうげん)フィルムに関するものです。防眩性は、例えば表面を粗面化して凹凸を形成することで実現されます。
 一応、下に本件発明1の図を貼っておきますが発明の特徴を直接示すものではありません。防眩フィルムは、ディスプレイ16aの表面に装着されるもので、基材フィルム2、防眩層3、粘着層4を備えます。
 本件発明1は防眩層3に関する数値限定発明であり、防眩層3が以下の特徴a、b、cを備えます。
a)ヘイズ値が60%以上95%以下
b)内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下
c)(所定条件下(ここでは記載を省きます)において)ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下

 ヘイズ値というのは物質を通過した光の散乱度合いを示す指標で、この値が低いほど透明性が高いそうです。逆に言えば外光の映り込みを防止する観点からは高いほうが良いということになります。
 ヘイズ値には表面のヘイズ値である表面ヘイズ値と、内部のヘイズ値である内部ヘイズ値とがあり、全ヘイズ値=表面ヘイズ値+内部ヘイズ値となります。※本記事において特に断りのない限り、単にヘイズ値と称する場合は全ヘイズ値を指します。
 ヘイズ値は、低いほど表示のボケを小さくして明瞭に見えるものの、映り込みが発生し、高すぎると白っぽくなるようです。
 本件発明1の技術的意義は、以下の通りです。高精細画素を有するディスプレイに防眩フィルムを装着すると、防眩フィルムを透過する光が防眩層表面の凹凸によりギラツキが生じて画像が見づらくなることがある為、従来、防眩層中に微粒子を分散させることで表面に微細な凹凸を形成し、ギラツキの抑制を図ったものがあった。しかしながら単に防眩層中に微粒子を分散させると、防眩フィルムが黄色味を帯びる様に着色し、色再現性が低下するおそれがあった。
 そこで本件発明1は、上記特徴a、b、cにより、内部ヘイズ値を抑制しながら、外部(表面)ヘイズ値により、全体のヘイズ値を維持するものであり、これにより内部ヘイズ値を高めなくても、良好な防眩性を得ることができ、且つ、防眩フィルムが黄色味を帯びる様に着色して見えることを防止できる、とあります。

【引用発明】
 以下の引用例が示されました。
 <引用例1>
 詳細は省略しますが、ヘイズ値が60%の防眩フィルムが開示されています。

 <引用例2>
 引用例2には、ヘイズ値が60%でギラツキが防止された、防眩性を有する光学シートで、内部ヘイズは5~30%であることが好ましいことが記載されています。


【要点】

 特許庁は、「引用例2には、ヘイズ値が60%でギラツキが防止された、防眩性を有する光学シートで、内部ヘイズは5~30%であることが好ましいことが記載されているから、ヘイズが60%の引用例1の内部ヘイズを5%とすることは容易である。」として本件発明1の進歩性を否定しました。

 これに対し裁判所は先ず、引用例2のものは(詳細は省略しますが)表面ヘイズ値に技術的意義があり、表面ヘイズ値と切り離して内部ヘイズ値を5%程度に調整することを示唆しているということはできない、と認定しました。
 そして次に、引用例2に、表面ヘイズ値が22ないし40%であり、(全体の)ヘイズが25ないし60%であることが好ましいと記載されている一方で、引用例1には、(全体の)ヘイズ値が60%以上であるとされているから、引用例1と引用例2の(全体の)ヘイズ値が共通するのは、60%の場合である。そして(全体の)ヘイズ値が60%である引用例1について、表面ヘイズ値が22ないし40%である引用例2が内部ヘイズ値として示唆するのは、20ないし38%(60%-40%=20%と、60%-22%=38%の間)である。そうすると、引用例1に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできない、と認定しました。
・・・以上を理由に、特許庁の判断は誤りであるとしました。

【考察】
 自分は、引用例2に内部ヘイズが5~30%と記載されていたら、それをそのまま引用例1に適用して本件発明1を構成できるのではないかと、特許庁判断と同様のイメージがありました。
 しかしながら裁判所は引用例2における表面ヘイズ値の重要性を見落とさず、表面ヘイズ値と切り離して単純に内部ヘイズ値5~30%との記載を切り取ることはできないと判断しました。
 一見、容易想到と見えるケースであっても、各引用例の解決課題、技術的意義を精査し、単純に副引用例の一部の記載を切り出して主引用例に適用することはできないという論理(→技術的ほころび)を見出す重要性について改めて認識させられる案件です。

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。