進歩性に悩める弁理士のブログ

主に自己の業務の備忘録として思うまま書いていきます ※業務以外の雑談も

【裁判例】 令和4(行ケ)10009 容易想到性の判断の誤り

 今回は「令和4(行ケ)10009」について検討します。判決言渡日は2023/3/27です。異議申立の取消決定を取り消す請求に対し、理由があるとして取消決定が取り消されたものです。(特許庁は進歩性なしと判断、裁判所は進歩性ありと判断)

【本件発明1(特許6674704)の概要】
 消火設備に関する発明です。防護区画1へ、配管3によって消火剤ガスをガス貯蔵容器5から送る構成となっています。ガス貯蔵容器5は複数本あり、それぞれに減圧弁50が設けられ、減圧弁50は制御部15によって制御されます。

 下図の曲線102は、5本のガス貯蔵容器5を同時に開弁した場合における容器弁17の出口でのガス圧であり、この場合最大圧力が一時的に大きくなる為、配管3の径を大きくする必要があります。
 これに対し5本のガス貯蔵容器5の開弁時期をずらすと、曲線104に示される様に最大圧力を小さくでき、配管3の径を細くでき、施工コストを抑制できるとされています。実施例では、5秒ごとにガス貯蔵容器5を開弁しています。

【引用発明】
 以下の引用例が示されました。
 <甲1(非特許文献)>
 詳細は省略しますが、本件発明1の基本構成に相当する構成が開示されています。但し、複数のガス貯蔵容器の開弁タイミングをずらして最大圧力を抑制することは開示されていません。
 <甲2(国際公開第2007/032764)>
 本件発明1と一見似た様な構成が開示されています。ガス貯蔵シリンダー12a~12cから、不活性ガスが部屋14へと供給されます。図4の圧力P1は、第1のガスシリンダー12aからガスが供給される際の圧力であり、圧力P2は、第2のガスシリンダー12bからガスが供給される際の圧力であり、圧力P3は、第3のガスシリンダー12cからガスが供給される際の圧力です。
 この様に不活性ガスの供給タイミングがずらされることで、過剰な圧力が抑制されるとされています。但し甲2発明では、不活性ガスの供給タイミングのずれは、ラプチャーディスク16a、16bによって実現されます。
 ラプチャーディスクというのは、過剰な圧力が生じた際に破裂して開通するもので、外部からの制御によって破裂のタイミングが制御されるものではありません。ラプチャーディスクは、一度破裂すると再度使用することができないものです。
 第1のガスシリンダー12a内のガスが減って圧力が下がると、圧力差によって第1のラプチャーディスクが破裂して第2のガスシリンダー12bからガス供給される様になる、という具合です。

【要点】
 特許庁は、「甲2技術的事項に接した当業者であれば、・・・「窒素ガス」が、過剰圧力がかかった状態で防護区画へ放出され得ることを防ぐために、・・・防護区画に順次放出されるようにすれよいことを容易に認識するといえる」、「甲1発明において、窒素ガスの過剰圧力がかからないように、制御された速度で防護区画に順次放出するには、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらすことによって実現でき、ラプチャーディスク等を用いるまでもないことは、当業者であれば普通に予測し得たことである」として進歩性を否定しました。
 これに対し裁判所は、
・甲1に、各貯蔵容器の容器弁の開弁時期や、一つの貯蔵容器と別の貯蔵容器とから放出される窒素ガスのピーク圧力が重なることを防止して防護区画へ窒素ガスが導入されることについて記載や示唆はないこと。
・甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものであること。
・甲2はラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はないこと。
・・・以上を理由に、特許庁の判断は誤りであるとしました。

【考察】
 裁判所は動機付けの有無をかなり厳格に判断した様に思います。正直、複数のガス貯蔵容器のバルブを一斉に開弁したら、そりゃ圧力は高まるでしょうし、それを避けたいなら普通は一つずつタイミングをずらしてバルブを開ける様に思われます。⇒典型的な後知恵かもしれませんが、私は個人的にそう思います。甲2を用いずに、甲1と設計事項或いは周知技術の適用で進歩性なし、とできる様にも思われます。
 ですがどうも、実際にはそういった「普通考えそうなこと」が記載された文献が見つからなかったようです。
 審査過程では高確率で拒絶されるケースだとは思いますが、逆に言えば無理だろうと簡単に諦めずに、引例に動機付けがないことを泥臭く主張することも重要であると、教訓になる案件です。

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。