だいぶ久しぶりの裁判例の検討となります。今回は「令和6(行ケ)10002」です。判決言渡日は2024/5/23。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。
(特許庁は進歩性ありと判断、裁判所は進歩性なしと判断)
尚、久しぶりの検討ですが、以前にも同様なことを書いた記事がありましたが今回もあまり教訓になることはないかもしれません(苦笑)。本件発明と引用発明とを対比すると、本件発明の進歩性はないだろうと第一印象で感じる様な内容で、実際その通りとなっています。本件発明の進歩性を否定した裁判所の判断が、普段の実務での特許庁審査官の判断に近い感じです。審判官の判断は、「それはちょっと苦しいのでは?」という印象を受けます。
【本件発明(特許6889970)の概要】
請求項1-7まであり、無効審判で請求項2、6を除いて無効と判断され、請求項2、6は特許性ありと判断されました。請求項2は物の発明、請求項6は製造方法の発明で、要旨としては同じなので請求項2に係る発明を「本件発明2」として以下説明します。
本件発明2は、土木工事用の不織布に関する発明で、波によって堤防の法面が削り取られること(「洗堀」というらしいです)を防ぐために張られるシートです。「洗堀 シート張り」でネットを検索して写真やイラストを見るのが最も手っ取り早く理解できるでしょう。下図は、図1です。
白色繊維と着色繊維との混合物からなり、着色繊維はカーボンブラック製の顔料を含んだ黒色系の色彩を呈し、不織布本体が鼠色の色彩を有し、且つ斑模様を形成し、着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲にあることを特徴とします。
明細書には、発明の効果(目的)として幾つか記載されていますが、おおまかには、不織布表面が斑模様を呈することから、特定した複数の斑点間の距離を伸長前と伸長後に実測することで、不織布の伸び率を正確に把握することができ、不織布の伸びを適正に管理しながら敷設することができる、というものです。
但し着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲にあることによってどの様な作用効果が奏されるかの記載はありません。
尚、着色繊維の混合量に関して以下の記載はあります。
「実用上は20ないし80%の範囲が望ましく、機能的には50%の混合量が最もよい。着色繊維の混合量が20%より小さいと、不織布の全体色が薄くなって斑が形成され難くなり、さらに光が反射しやすく、さらに耐候性に問題が生じる。着色繊維の混合量が50%を超えると、不織布の全体色が濃くなって肉眼で斑を識別することが難しくなる。」
【引用発明】
特許文献ではなく実在する製品が引用発明です。「株式会社田中」の「ニードキーパー NK-800Z」という製品(以下「800Z製品」)で、ネットで検索すると出てきます。
800Z製品が本件発明2と相違する点は、800Z製品の着色繊維の混合量が重量比で仕様上5%であり、実測値が7.5%であることです。
言ってしまえば、ただそれだけです。なので本件発明2は「一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化」という、設計変更の典型例のようなものと言えるかもしれません。
ですが審判では以下の様に判断されました。
【審判での判断】
審判では、以下の様に判断されました。
・800Z製品は、一定の品質を保って製造されるものであるところ、白色繊維と黒色繊維の比率を変えるような設計変更をすることは、通常行わない。
・製品仕様の5%を中心に大小の値が測定されることが技術常識であるところ、800Z製品において、黒色繊維の混率を7.5%から更に高める動機はないし、製品仕様の5%を、桁の異なる10%以上とすることには阻害要因があるといえる。
・・・なかなか苦しい主張に見受けます。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下の様に認定しました。
・本件発明2において黒色繊維の混合比率を10ないし90%の範囲としたことに特段の技術的意義があるとは認められない。
・カーボンブラックが、耐候性、耐摩耗性及び遮光性の向上、光の反射による作業者への作業上の障害の防止、景観を損なうことの防止等を目的として、所望の効果が発揮できる量で土木工事用不織布を含む土木工事用シートに添加されているものであること、及び、土木工事用の防砂シート(不織布又は織布)として用いられる製品の色の濃さが一様でなく、白色の製品、灰色の斑模様の製品とともに濃灰色ないし黒色の製品も使用されていることが、本件出願日の時点における技術常識であったと認められる。
・(カーボンブラックの上記目的を前提として)黒色繊維の比率を増減することは、当業者の設計事項にすぎないというべきである。また、黒色繊維の比率を7.5%より高める動機付けがあったということができる。
・800Z製品の仕様として黒色繊維の比率が特定の値に定められているからといって、この値を変更することに阻害要因があると認められることにはならず、800Z製品の使用における黒色繊維の比率が1桁である5%とされていることから、この比率を2桁の10%にすることに阻害要因があると解することもできない。
【考察】
着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲にあることによって異質且つ顕著な作用効果がない以上、設計事項と判断されることは至極自然な流れに見受けます。審判官は、800Z製品の仕様値が5%であることを踏まえ、一定の品質を保って製造されるものだから比率を変えるような設計変更をすることは通常行わないとか、桁の異なる10%以上とすることには阻害要因があると主張して本件発明2の進歩性を肯定していますが、これが通るのであればむしろ普段の権利化実務に使えますね(苦笑)。
本件明細書では、「着色繊維の混合量が20%より小さいと、不織布の全体色が薄くなって斑が形成され難くなり、さらに光が反射しやすく、さらに耐候性に問題が生じる。着色繊維の混合量が50%を超えると、不織布の全体色が濃くなって肉眼で斑を識別することが難しくなる。」と記載しているので、着色繊維の混合量を重量比で20~50%の範囲に設定していれば、少し状況は変わったかもしれません。
(但し異なる型番の「NK-500S」は黒色繊維の混合率が23.9%だそうで、これが証拠の一つとして挙げられていることから、結果的に権利化は難しいと想像されますが。)
ただ、ざっくりでも良いので数値範囲のパターンをできるだけ多く、且つ各パターンの特有の技術的意義を(何とか捻りだして)記載しておけば、あとあと権利化の際に役立つことがあるということは改めて認識できました。
※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。