進歩性に悩める弁理士のブログ

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【裁判例】 令和4(行ケ)10019 明確性要件

今回は「令和4(行ケ)10019」について検討します。判決言渡日は2022/11/16です。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。
「進歩性」のキーワードを含むため検討をはじめたのですが、内容は進歩性判断ではなく明確性要件の判断に関するものでした。
ですが、色々考えさせられる内容ですので本ブログで取り上げます。

【本件発明(特許6031654)の概要】
 引抜加工で用いるダイスに関するものです。
 引抜加工なので、ダイスには材料を引き抜く為の開口部があります。実施例では、開口部は四角形となっていて、四隅に「角部」があります。本件発明は、この「角部」を丸めた点に特徴があります。
 従来技術は「角部」を丸めていない為、「角部」に潤滑剤の塊ができやすく、この塊は線材への潤滑剤の供給を阻害し、線材表面に傷が発生するとされています。
 これに対し本願発明は「角部」を丸めているため、潤滑剤の塊が一箇所に固まりづらくなる、とされています。


 特許請求の範囲では、上記の特徴を以下の様に表現しています。
『・・・・・・開口部は略多角形の断面形状を有する』
 略多角形という表現が争点となる訳ですが、明細書では、一応以下の様にサポートされています。
『 【0057】
  なお、本明細書では「四角形」の角を少なくとも1つ丸めた形状、すなわち1の「角」乃至すべての「角」を丸めたものも「略四角形」と呼ぶ。同様に、四角形を含む多角形の1の「角」乃至すべての「角」を丸めた形状を「略多角形」と称呼する
【0058】
  同様に三角形の角を丸めたものは「略三角形」、六角形の角を丸めた形状は「略六角形」と呼ぶ。以下、多角形に角が増えても同様に称呼する。』

 上記の様に、「角部」が丸められていれば、略多角形ということになります。

【要点】
 原告(特許を無効にしたい側)は、ダイスの開口部はワイヤーカット放電によって加工されるのが一般的であり、その場合角部には不可避的に丸みが生じる為、丸みの程度がどの程度であれば「略多角形」に含まれるのか甚だ不明確である、と主張しました。
 これに対し被告(特許は無効ではないと判断した特許庁)は、ワイヤーカット放電によって形成された開口部を基礎として更に潤滑剤が溜まらない様に積極的な丸め加工をしたものが「略多角形」であり、その範囲は不明確ではない、と主張しました。
 尚、明細書には円弧の曲率半径の一例として「0.8mm」が記載されています。
 以上の各主張に対し、裁判所は、開口部の角部の丸みについてどの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないし、また、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえず、本件発明の技術的範囲は明らかでないから、原告の主張には理由がある、と判断しました。

【考察】
 本件特許明細書では、裁判所が指摘する様に、角部をどの程度丸める必要があるかについて細かいサポートはされていません。事後的に見れば、明細書の書き方がいまいちだった、ということになるでしょう。ですが発明者に発明内容をヒアリングした際に従来技術の課題と解決手段が明確で、その技術的思想(本件の場合「角部を丸めて潤滑剤を溜まり難くする」)がすんなりと導き出せる場合には、油断してしまうことはすごくあり得る話だと思います。本件の場合、発明者に発明内容をヒアリングした際に、丸みをどの様な加工方法で形成するのかをヒアリングしていれば、普通にワイヤーカット放電で形成されたものとの違いをサポートしておかなければ、と気づいたかもしれませんね。
 いずれにせよ、発明の効果を得られる範囲はどういう範囲なのかを常に気にかけておくことが重要である、と思い知らされる事例です。
 尚、「略」とか「近傍」などの、範囲を曖昧にする用語は審査基準でも注意喚起されていますが、本件は例えば「角部が丸め加工されて成る」といった感じで、範囲を曖昧にする用語を用いなくとも同じ議論が生じた筈ですから、単に「略」という文言を用いたことが発明の範囲を曖昧にしたということでもないと思われます。
 それと裁判所は「開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、当該角部の丸みの曲率半径の大きさのみならず、線材の種類、潤滑剤の種類、加工発熱の度合い等の様々な要素によって左右されるものであると解され・・・」と指摘していますが、これを言われてしまうと、明細書の書きようがないですよね。
 ちょっと酷な感じがします。

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。