進歩性に悩める弁理士のブログ

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【裁判例】令和2(行ケ)10128 一致点の認定の誤り

今回は「令和2(行ケ)10128」について検討します。判決言渡日は2021/12/22ですが2022年分の検討対象とします。拒絶査定不服審判での拒絶審決に対しての取消請求事件であり、審決が取り消され、結果的に特許となったものです。

【本件発明(特願2015-106553)の概要】
端的に言うと高齢者の見守りシステムです。電気ポットを使っているかどうかを監視して高齢者が普段通り生活しているかを離れた場所から判断する、といったシステムが一般に知られていますが、それに類するものとなります。
本件発明は各部屋に設けた照明の点灯/消灯の状態から安否を判断するもので、照明に設けた電子タグにより、「どの部屋の照明か」を判断材料にする点に特徴があります。例えば、浴室の点灯時間が日常より長ければ、何か生じたのではないかと判断して外部端末に警告を送信したりします。
従って電子タグには「位置情報」が含まれる必要があります。

【引用発明】
下図は引用文献(特開2011-029778)の図6ですが、引用発明は電源タップ(4)に接続された電気機器の電力波形からその電気機器が何であるか(例えばエアコンであるか、照明であるかなど)を推測し、その電気機器から生活状況を推定するものであり、電源タップ(4)に検出部ID(本件発明の電子タグに相当)を備え、少なくともどの住居の電源タップであるかを遠隔から判断できる点で本件発明に少し似ています。
但し、電源タップ(4)が「どの部屋に設置されたものか?」を判別できるといったことに関しては記載がなく、つまり検出部IDが「位置情報」を含むものであるかの記載はありません。

【要点】
特許庁は拒絶査定不服審判において本件特許と引用発明との一致点・相違点の認定をしましたが、一致点の認定に誤りがあるとして審決が取り消されました。
特許庁は引用発明の「検出部ID」に関し、電気機器が何であるかを推測するから、例えば電気炊飯器であれば台所で使用され、トイレや玄関で使用する人はいないから、引用発明の「検出部ID」は「位置情報」として意味を有すると解釈しました。つまり、引用文献には本件発明の「電子タグ」が記載されていると認定しました。

これに対し裁判所は、例えば照明器具であれば居間、トイレ、寝室等、住居内のあらゆる箇所で用いられるものであり、住居内のあらゆる場所が想定されるものであるから、引用発明の「検出部ID」は「位置情報」として意味を有するものでないとし、特許庁の上記一致点の認定は誤りであるとし、審決を取り消しました。

【考察】
特許庁の一致点の認定は、私も裁判所と同じように、不正確であったと感じます。ですから結論自体には納得です。私の経験上、審査でも(審査官が)しれっと構成の違うものを一致点と指摘しつつ、他の判り易い相違点について記載のボリュームを割いて力説していた拒絶理由通知をみかけたことがあります。ですから実務でも、一致点の認定が本当に正しいか、うっかり読み流すことなくきちんと吟味する必要があるでしょう。
但し、本件に関しては個人的には審査段階で挙げられた他の引例を踏まえると進歩性はなかったように思います。例えば、審査段階では周知技術として、照明器具をもとに生活パターンを判断し、それに基づいて見守り情報を送信する技術が挙げられていますので、一致点・相違点を主観を入れずに客観的に切り分けた上で、相違点については設計事項、で拒絶できたのではないかと思います。

それよりも個人的に気になるのは、やはり裁判所はクレームの文言を明細書の開示に基づいて広く解釈するということです。特許庁が主張する様に、本件クレームには「位置情報」という記載はないし、「施設内での設置個所に係るID番号」との記載はありますがそれを具体的にどの様に利用するかについて、本件クレームには記載がありません。結果、裁判所は明細書の記載をもとに本件クレームの「ID番号」を広く捉えています。特に、裁判所は請求項1の「位置ID番号」には「内部管理ID番号」が含まれる、としていますが、「内部管理ID番号」は請求項2で特定されている事項であって請求項1で特定されている訳ではないので、疑問に感じるところがあります。
審査官は通常、基本的にクレームの文言オンリーで本件発明を判断しますので、上記の裁判所の判断に関するところは普段の中間実務ではちょっと参考にならないかなぁという印象です。

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見解となりますこと、ご了承ください。