進歩性に悩める弁理士のブログ

主に自己の業務の備忘録として思うまま書いていきます ※業務以外の雑談も

【裁判例】 令和6(行ケ)10049 容易想到性の判断の誤り

 また、久しぶりの裁判例の検討となります。今回は「令和6(行ケ)10049」です。判決言渡日は2025/3/24。拒絶査定不服審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。(特許庁は進歩性なしと判断、裁判所は進歩性ありと判断)

【本件発明の概要】
 公報を読みましたが正直、自分は全てを理解しきれていません(苦笑)。ハイブリッド車のエンジン制御に関するもので、判る人には判るのでしょうが(当たり前ですが)、読むと技術内容が結構複雑で、全てを理解するのは容易ではありません。ですが、判決文を読み込んでいくと、どうやら公報の全てを隅から隅まで理解する必要はない、ということが判りましたので、こうしてブログを書いています。
 前置きが長くなりましたが、本件発明は、推進機3b(要するに駆動輪)が、推進用電動機30(要するにモーター)で駆動されます。推進用電動機30は、エネルギー貯蔵装置4(要するにバッテリー)の電力と、発電用電動機20から供給される電力とで動きます。発電用電動機20は、エンジン10によって駆動され、エネルギー貯蔵装置4と推進用電動機30とに電力を供給可能です。ちょっと雑な個人的理解かもしれませんが、推進用電動機30は通常はエネルギー貯蔵装置4からの電力で駆動されますが、加速時などでパワーが不足するときに、発電用電動機20からも電力を受けて駆動されます。
 符号1は本件発明が適用される「ビークル」であり、明細書では多数の具体例(自動車、列車、船舶、航空機、等々)が挙げられていますが、クレームでは補正によって「ビークル」は「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両又はドローン」と限定されました。
 「リーン姿勢」というのは、二輪車のように旋回する際にカーブの内側に傾く場合のその姿勢であり、そういったビークルは軽快性が求められるため、発進の操作に対する応答性が重要視される、とのことです。本件では、この様に「ビークル」が「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両又はドローン」と限定されたことが一つのポイントとなっています。

 さて、本件発明が解決しようとする課題は、加速しようとする際にエネルギー貯蔵装置4のエネルギー貯蔵量が少ないと、発電用電動機20から電力を受けても目標パワーへの到達に時間が掛かること、とされています。
 この様な問題に鑑み本件発明は、エネルギー貯蔵装置4のエネルギー貯蔵量が少なくなったら予め発電用電動機20の負荷トルクを減少させてエンジン10の回転速度を増速させておくことに特徴があります。これにより、エネルギー貯蔵装置4のエネルギー貯蔵量が少ない場合でも、エネルギー貯蔵装置4および発電用電動機20から目標パワーに対応する電力を出力することができ、即ちエネルギー貯蔵装置4のエネルギー貯蔵量に関わらずに、加速指示に対する出力の応答に再現性を維持することができます。
 ・・・とここまで書いて「これで合ってるんかな?」とちょっと自分で不安になったりしますが、兎に角本件発明は「エネルギー貯蔵装置4のエネルギー貯蔵量に応じてエンジンを高回転にする」ということだけ押さえておいてください。(エンジン10の回転速度を増速させて、エンジントルクを上昇させて・・・というあたりを深く追求すると、難しい領域に入り込むので、ここでは省略します。というか自分は理解しきれていませんので。)

【引用発明】

 本当にざっくり書くと、引用発明も、本件発明と同様なハイブリッド車におけるエンジン制御に関するものですが、引用発明はバッテリー(本件発明のエネルギー貯蔵装置4に相当)の温度が低いときにバッテリーから加速に必要な電力を供給できなくなることに鑑み、バッテリー温度が低いほどエンジンを高回転速度としてエンジンの余裕トルクを増大させる点に特徴があります。
 つまり、本件発明は「バッテリーのエネルギー貯蔵量」に応じてエンジンを高回転とするのに対し、引用発明は「バッテリー温度」に応じてエンジンを高回転とします。
 また、引用発明の適用対象は「
アクセルペダルを有する車両」であり、明細書には、車両として二輪車やドローン、即ち「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両又はドローン」についての開示はありません。

 

【審判での判断】
 審判では、上記相違点に関し、以下の様に判断しています。(当方が抜粋し、要約しているのでご了承ください。)
・引用発明では、リーン姿勢で旋回可能に構成された車両を排除する記載はなく、周知技術であるその様な車両においてエネルギー貯蔵装置は一般的に小型であって、供給可能な電力は低い。
・エネルギー貯蔵装置から供給可能な電力が低いということは、バッテリー温度が低下した場合と課題が共通する。
・従って引用発明の「車両」を、周知技術の「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」とすることに格別の困難性はない。
・引用文献の記載に鑑みると、引用発明は、加速に必要な不足電力分をバッテリから供給できないことによる加速不良を解消し良好な加速応答性を確保することを課題としており、これは本件発明の課題と同様な課題である。
・また、エンジンと電動機とエネルギー貯蔵装置とを備えたビークルの技術分野において、『エネルギー貯蔵装置の温度が低下した場合やエネルギー貯蔵量(SОC)が低下した場合に、エネルギー貯蔵装置の供給可能電力が低下すること。』は、きわめて周知の技術的事項(…中略…以下、「周知事項」という。)である。
・そして引用発明において、かかる課題を解決するために、周知事項に鑑みて、バッテリ(エネルギー貯蔵装置)温度が低い場合に代えて、あるいは、これに加えて、エネルギー貯蔵量(SОC)が低下した場合を採用し、本件発明のように、エネルギー貯蔵装置の『エネルギー貯蔵量に応じて』エンジンの回転速度を増速するように構成することに格別の困難性は認められない。

【裁判所の判断】
 裁判所は、以下の様に認定しました。(当方が抜粋し、要約しているのでご了承ください。)
・引用発明の「車両」は、直ちに、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」を除外するとはいえない。(しかしながら・・・)
・引用発明は、バッテリの温度が低いときに、バッテリから供給できる電力が小さいという課題を解決するものであると認められる。
・審決の認定のうち、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両及びそのエネルギー貯蔵装置は一般的に小型」であることについては、その根拠が示されていないし、仮にそれが事実としても、バッテリが小さいことをもって、ある時点において供給する電力が低いことを直ちに意味するものではない。そうすると、バッテリから供給可能な電力が低いとの課題が「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」に
一般的に存在すると認めるに足りないから、引用発明と本件発明とで課題が共通するとはいえない
 したがって、引用発明の課題と、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」が一般的に有する課題が共通するために、当業者において、引用発明の車両を「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」とする動機付けがあると認めることはできない。そうであるとすれば、引用発明の車両を、「リーン姿勢で旋回可能に構成された車両」とすることに格別の困難性は認められないとする本件審決の判断は、その根拠を欠くものであり、判断の理由を示しておらず、誤りがあるというべきである。
・引用文献に接した当業者が、引用発明の課題として、「バッテリ温度が低い時に」という前提を捨象して、加速に必要な不足電力分をバッテリから供給できないことによる加速不良を解消し、良好な加速応答性を確保することを認識するとは認められず、被告の主張(引用文献の記載に接した当業者は、引用発明の課題として、加速に必要な不足電力分をバッテリから供給できないことによる加速不良を解消し、良好な加速応答性を確保することを認識する、との主張)は採用することができない。

【考察】
・本件発明は、上述した様に引用発明との対比において、
(1)車両が「リーン姿勢で旋回可能に構成されたもの」に限定されていること。
(2)エンジンを高回転とすることに関し「エネルギー貯蔵量(SОC)」に応じたものであること。(引用発明は「バッテリー温度」に応じたものである)
  ・・・の2点が異なっていました。
・進歩性の判断においては、主引用発明から出発して当業者が相違点に到達し得ることに関し、一定の課題を解決するための設計変更等は、進歩性が否定される方向に働きます。審決では、課題を「バッテリの能力不足」という様に上位概念化し、「エネルギー貯蔵量(SОC)」に応じてエンジンを高回転とすることに格別の困難性はない、と
いった強引な判断をしたわけです。また、バッテリの供給電力不足という点について、「リーン姿勢で旋回可能な車両」ということにミスリードされ(たかどうかは定かでないですが)、「バッテリが小型なんだから供給電力は不足する」という誤った判断をしたわけです。
・この様な審決の判断は、一読して感覚的に強引であると感じることができます。よって
納得感のある判決です。
・普段の実務でも、審査官が課題を上位概念化することは散見されます。うっかり「まぁ確かにそうかもな・・・」と納得してしまうこともありますが、判決が示しているように、引用発明の本来の課題を置き去りにして課題を上位概念化できるのか、この点はよく検討しないといけません。

【詳細情報】
知財高裁 裁判例検索結果へのリンク


※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。


 
 

2024年の裁判例<まとめ>

あすみ総合特許事務所の弁理士・鈴木です。
かなり遅くなってしまいましたが、今回は昨年(2024年)判決が出された、審決/取消決定の取消請求事件に関し簡単に総括します。

当方が把握した限りで、51件の判決が該当し、うち12件が成立または一部成立で、成立率は23.5%でした。
この数字は、近年の推移からすると大きく傾向が変わったというものではないと思われます。(2023年は成立率は20.5%でした。)
下に、内訳を記載します。アンダーラインが付されたものが、本ブログで取り上げた判決です。
斜字は、成立または一部成立の事案ですが進歩性の裁判所判断が無いものです。またその他、成立事案で本ブログで取り上げなかったものは、技術分野が当方の対応可能領域外だったものです。※化学、バイオなど。
2024年も何か大きな進歩性判断の変化というものは感じられませんでした。
本年も引き続きウォッチし、成立事案に関しては本ブログで取り上げていきたいと思います。





【裁判例】 令和5(行ケ)10002 相違点の判断の誤り

 久しぶりの裁判例の検討となりますが、昨年度検討しようとしていて失念していた裁判例です。判決日から間もなく1年近く経ってしまいますが検討しておきます。
 「令和5(行ケ)10002」、判決言渡日は2024/4/25。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。(特許庁は進歩性ありと判断、裁判所は進歩性なしと判断)
 今回はかなり簡略化して説明します。


【本件発明、引用発明、審決、裁判所の判断】
 いずれも照明器具に関する発明です。

 両者をかなりざっくりと説明すると、
<本件発明>・・・取付部材(赤)が、基板(黄緑)を器具本体(ピンク)に取り付けるための部材であり、カバー部材(青)は、基板(黄緑)を覆うようにして取付部材(赤)に取り付けられる、と請求項で特定されている。
<引用発明>・・・(便宜上、部材名称を本件発明に合わせて説明すると)、基板(黄緑)が取り付けられる取付部材(赤)が、カバー部材(青)を介して器具本体(ピンク)に取り付けられている。
・・・ということになります。
 特許庁は、特許請求の範囲の文言上、取付部材(赤)は直接、器具本体(ピンク)に取り付けられるものと認定し、これを相違点としましたが、裁判所はこれを相違点ではないと判断しました。(その結果、本件発明は引用発明に基づいて容易に発明できたと判断しました。)
 裁判所は、本願明細書に、取付部材(赤)を器具本体(ピンク)に取り付ける為の具体的な構成の特定が無く、取付部材(赤)を器具本体(ピンク)に取り付けるための構成として任意のものを採用し得るものであり、カバー部材(青)を介在するような態様を排除するものではない、と判断しました。
 本願明細書には、実際には「取付部材(赤)と器具本体(ピンク)にそれぞれ設けた嵌合構造(図示せず)」との記載がありますが、両者が嵌り合うための具体的構造について図示はされておらず、このことを踏まえて裁判所は、カバー部材(青)が両者の間に介在するような態様を排除するもではない、と指摘しています。

【考察】
 どう明細書を書けば良かったか、をあくまで事後的に考えると、明細書で取付部材(赤)と器具本体(ピンク)との「嵌合構造」を「図示せず」で済まさずに、きちんと図を用いて説明していれば、少なくとも相違点と認定された可能性はあります。しかしながら上記「嵌合構造」は本願発明が解決しようとする課題とは直接関係のない部分の構造であり、「図示せず」としていたのは止むを得ないようにも見受けます。
 またそもそも、相違点と認定されても、それによる作用効果の相違がないように見受けます。そうすると結局は、想到容易と判断されるべきものと考えられます。
 本件は、どちらかというと裁判所の判断が一般的な(?)審査官の判断に近く、審決のほうが特許請求の範囲を狭く認定し、特許を維持したように見受けます。実務に活かす教訓はあまりないかとは思いますが、少なくともクレームに登場する構成同士の関係については、できる限り図を用いて丁寧に説明しておくことか適切
です。

【詳細情報】
知財高裁 裁判例検索結果へのリンク


※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。


 
 

トレラン大会はなかなか楽しいです

あすみ総合特許事務所の鈴木です。
ここ最近、またちょっと首を傾げる拒絶理由通知が散見され、時間を取られることが多いです。拒絶理由通知を読んでいると、「あぁ、この審査官、どうしても拒絶したいんだな」というのがひしひしと伝わってくることがあります。「そこまで強引な認定をしてまで拒絶したいのですか?」と思うような。こういうのは審査官のキャラクターなので、運が悪かったと思うしかないのですが、後知恵は徹底的に排除して客観的に発明を見て欲しいものです。
さて先日、前回のブログで記載したトレラン大会(房総鋸山トレイルラン)に参加してきました。暖か過ぎず、かといって寒くもなく、風もなく天気も良くて、絶好のコンディションでした。

スタート直前の様子です。

途中のトレイルから眺める東京湾。絶景です。

前半は階段地獄で、どうしても渋滞してしまいます。

ゴール地点の様子です。※ゴールしようとしている選手は私ではありません。
私はシングル(1周11km、獲得標高620m)に参加し、順位は405人中のちょうど真ん中でした。20歳~40歳代の選手が数多くいるなか、50歳代の自分としてはまあ、初参加にしてはよくやったと思っています(笑)。
この鋸山は2019年の台風15号で登山道に甚大な被害が出ましたが、復興プロジェクトが立ち上がり、有志の方々が復旧してくださったそうです。ただまだ完全な復旧には至っておらず、今回の大会の参加費から一部が復興に充てられるそうで、とても良いことだと思います。
大勢の方々とトレランをするというのが初めてだった自分には大変良い刺激となり、楽しいものでした。また来年もエントリーします。

初トレラン大会エントリー

あすみ総合特許事務所の鈴木です。
もう2月に入るタイミングですが、遅ればせながら本年初投稿となります。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
昨年の審決取消訴訟の裁判例のまとめを投稿したいのですがなかなか時間がとれず進んでおりません(汗)。未検討の裁判例もあり、3月か4月頃になりそうです。
といいつつ、息抜きはしっかりやっており(笑)、先日は近場の鋸山に登ってきました。登ったというか、2月にここでトレランの大会があるのですが、そういうものに人生初エントリーしたので試走してきました。コースの下見と、制限時間に引っ掛かりそうかどうかの確認です。(おかげさまで制限時間は気にしなくて良さそうです。)

(上の写真は山頂から眺める東京湾。下の写真はトレイルの雰囲気です。)
低山ですが標高なみにコースもゆる~いかというと、そうでもなく、なかなか走りごたえのあるコースです。
自分は2017年から登山を趣味にしており、テント泊や3000m級の山に登ったりもしていますが、トレランという位置づけで山を登ったことはありません。自分的には「ファストハイク」という位置づけで標準コースタイムの0.5~0.6くらいで登山することは多く、特に下りでは走ったりすることも多いのですが、「トレラン」というと「あの恰好」(わかる人にはわかるのですが・・・)で颯爽と走るイメージがあり、「あの恰好」をしてしまうと、普通の登山者に抜かれる訳にはいかないから死に物狂いで登山道を駆け巡らなければならなくなる!・・・という何か変な恐怖心というか強迫観念があって(苦笑)、これまでちょっと一線を引いていました。
ですが、地元の馴染みのある山で、過去のフォトギャラリーなんかを見ていると楽しそうなので一度やってみようかと思い立った訳です。結果は後日、ご報告します。

2024年お世話になりました

今年もあっという間に終わったという感じです。
思い返すと今年は兎に角健康面で芳しくなかった、というのが第一印象です。普段から健康には相当気を遣っており、運動もしっかりしているつもりですが、それでも病気になってしまうときはなってしまうものだ、とつくづく思い知らされました。
幸い、どれも一過性のもの(カテーテル治療で完治できる不整脈、新型コロナ、など)で、生命を脅かすものではなく且つ長期にわたって治療を要するようなものでもありませんでしたが、健康あっての仕事だということをつくづく感じました。とはいえ、繰り返しになりますが普段から気を付けていても、なってしまうときはなってしまうので、せめて生活習慣病のリスクを減らす心がけを普段から可能な範囲でする、ということしかやれることはありません。
実務面では、今年は大きな問題はなく比較的スムーズだったと言えるかもしれません。
ぎりぎりを責めた中間対応で、意見書での反論が功を奏したと思われる案件が幾つかあったのが収穫でした。
来年は少し、考え過ぎることを避けてまずはやってみる、ということを意識して種々の新しいことに手を出したいと考えています。
来年もどうぞ、宜しくお願い致します。

【裁判例】 令和5(行ケ)10107 容易想到性の判断の誤り

 また、久しぶりの裁判例の検討となります。今回は「令和5(行ケ)10107」です。判決言渡日は少し前になりますが2024/8/28。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決(一部)が取り消されたものです。(特許庁は進歩性ありと判断、裁判所は進歩性なしと判断)
 尚、請求項1に係る発明(本件発明1)と請求項4(本件発明4)に係る発明の進歩性が否定されましたが、事案に鑑み、主として本件発明1に関して説明し、本件発明4に関しては最後に軽く触れるのみとします。

【本件発明1(特許6114435)の概要】
 コイルに電流を流し、電磁誘導により加熱対象物を加熱する装置(元も身近な例がIHクッキングヒーター)に関するものであり、発明の名称は「誘導加熱コイルユニット」です。

 黄緑色が加熱対象物90です。加熱コイル20(ピンク)が、ケース30(赤+青)に収容され、ユニット化されています。ケース30は、第1ケース31(赤)と第2ケース32(青)とを組み合わせて構成されています。
 特徴としては幾つかありますが、その1つが「ケース30が、電気絶縁性及び耐熱性を有する材料、例えばセラミックや樹脂等の非金属材料で構成されている。」点です。厳密には、請求項には「電気絶縁性を有するセラミック又は樹脂で構成され前記加熱コイルを収容するケースと、」と記載されています。
 その作用効果は、「取り扱いの安全性を確保するために、加熱コイル20の周囲を、電気絶縁性を有する樹脂等で覆う必要がない。」というのものであり、更にそれによる効果として「冷却用気体の一部が加熱用コイル20の巻線間を抜け易くなる。」と記載されています。(本件発明1は、コイル20の冷却も解決課題としている)。

【引用発明】

 下図は、甲1発明とされたものであり、コイル16(ピンク)がコア10(赤)に収容され、ソールプレート26(緑)で蓋をされた様な構成となっています。加熱対象物は本件発明1の図とは逆で、ソールプレート26側に配置されます。コア10(赤)は、「フェライト材料または粉末鉄」で作られることが記載されソールプレート26の材料については記載がありません。

【審判での判断】
 審判では、本件発明1と甲1発明との「相違点1」として、「「ケース」に関して、本件発明1では「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され」るのに対して、甲1発明では「フェライト材料または粉末鉄で作られたコア10と、ソールプレート26」であることを認定し、この点に関し以下の様に判断しました。
「甲1発明に、そのコア10を「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂」で構成する特段の事情や動機付けは存在せず、かえってそのように構成した場合には、本来の機能を発揮できなくなるという阻害要因が存在する。

【審決に対する原告の主張】
 原告は、以下の様に主張しました。
「本件審決は、特段の事情がないのに恣意的に特許発明の意義を限定し、本件発明1の「ケース」の「全て」が「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される」と解釈しているが、請求項1には「ケースの全て」に限定する記載はないから、「ケース」の「一部」が前記構成のものも含まれると解される。
  相違点1につき判断すべきは、本件発明1の「ケースの少なくとも一部が電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される」点が、甲1 発明から容易に想到し得たか否かであるところ、甲1発明において、ケースの一部であるソールプレ-トの材料として磁束を透過させ、対象物を加熱する目的から「電気絶縁性を有する素材」を用いることは記載されているに等しく、その材料として「セラミックまたは樹脂」を用いることは設計事項である。」
 ・・・つまり、電磁誘導により加熱対象物を加熱する装置において、コイルと加熱対象部との間のケース部分は通常、電気絶縁性を有する素材であるから、本件発明1の第1ケース31(赤)が電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される点まで請求項の記載で限定されていない以上、「ケース30」が電気絶縁性を有する素材で形成することは設計事項である、というロジックだと思われます(当方の解釈です)。

【裁判所の判断】
 裁判所は、以下の様に認定しました。
・「ケース」が電気絶縁性を有するセラミック又は樹脂という要素「のみ」により構成されることを表すような文言は請求項1には記載されていないし、明細書の記載を参酌してもその様な記載は見当たらない。
・他文献(甲41、42、43)には、誘導加熱の技術において、電気絶縁性の非磁性材の構成材料としてセラミックや樹脂があったことが記載されている。
・甲1発明の「ソールプレート26」は、コイルを収容するケースとしてコイルと加熱対象物との間に置かれ、コイルによって発生した磁束を加熱対象物に届かせるため、当該磁束を通過させる材料で構成されているものと理解される。そして、誘導加熱の原理からすると、電気絶縁性の非磁性材は、磁束に何ら影響を与えることなく、磁束を通過させる性質を有するものであり、前記各文献によれば、電気絶縁性の非磁性材の構成材料としてはセラミックや樹脂があったことが周知であったと認められる。
・以上によれば、本件発明1と甲1発明の相違点1については容易想到であったというべきである。

【考察】
 裁判所は、リパーゼ判決(特別の事情がない限り、当該発明の要旨は特許請求の範囲の記載通りに解釈しなければならない)に沿って本件発明1の「ケース」の要旨を認定し、相違点1について容易想到と判断しました。この点は、首肯できるものであり、納得感がある判決です。
 実務においては、明細書執筆者が実施例に引きずられてうっかり特許請求の範囲での限定(→作用効果を導きだす為に必要な限定)を失念することや、或いは広い権利範囲を狙おうとして意図的に特許請求の範囲をぼやっと記載することが考えられます。前者の場合はどうしようもないですが、後者の場合であれば、本件では少なくとも第1ケース、第2ケースを特定する従属請求項を作っておくことがセオリーです。

本件発明4に関し】
 本件発明4は、審決において引用発明との相違点を以下の様に認定されました。
「「誘導加熱装置」に関して、本件発明4は、「誘導加熱コイルユニット」であるのに対し、甲5発明は、「ユニット」であるか不明である点。」
 甲5発明というのは、完成品の発明であり、審決では本件発明4が一つの単位部分(ユニット)であるから容易想到でない、と認定されました。
 これは、ちょっと考えただけでも「?????」という認定です。
 案の定、判決では上記認定は否定されました。(以下はその抜粋)
「・・・甲5発明は、それが調理器具として完成品であったとしても、他の誘導加熱システムの構成単位として使用することも可能である以上、本件発明4の「誘導加熱コイルユニット」に該当するものと認めることは妨げられないというべきである。したがって、相違点4は、実質的な相違点ではないというべきである。

 

【詳細情報】
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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。