進歩性に悩める弁理士のブログ

主に自己の業務の備忘録として思うまま書いていきます ※業務以外の雑談も

【裁判例】 令和3(行ケ)10140 プロダクト・バイ・プロセスクレーム

 今回は「令和3(行ケ)10140」について検討します。判決言渡日は2022/11/16です。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。
 今回も前回同様、「進歩性」のキーワードを含むため検討をはじめたのですが、内容は進歩性判断ではなく明確性要件の判断に関するものでした。
 ですが、折角途中まで読み込んだので本ブログで取り上げます。

【本件発明(特許3889689)の概要】

 判断の対象となった本件発明6は、細線材34の外周面に電気鋳造(電鋳)によって電着物54を形成し、細線材34の一方または両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、変形させた細線材34と電着物54(導電層340)との間に隙間を形成して細線材34を引き抜くことで製造される電鋳管(=導電層340を残した電着物54)です。本件発明6では更に、細線材34を除去して形成される中空部の内形状が断面円形状又は断面多角形状であって、肉厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とします。
 もう一つ判断の対象となった訂正発明9もほぼ上記本件発明6と同様ですが、少し限定が加えられています。(ここでは省略します)
 尚、上記の電鋳管は、明細書において半導体検査装置のコンタクトプローブ用として使用可能なものと説明されています。


【要点】
 プロダクト・バイ・プロセスクレームが明確かどうかが争われました。
 上記のように物の発明である「電鋳管」は製造方法によって特定されており、プロダクト・バイ・プロセスクレームに該当します。
 プロダクト・バイ・プロセスクレームに関しては、最高裁判決で「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限って明確性要件を満たし、そうでない場合には明確性要件を欠く」と判断されています。(不可能・非実際的事情)
 これは、出願人側としてはかなり厳しい要件ですが、特許を潰す側としては大いに利用できるわけです。そして原告は上記「不可能・非実際的事情」は存在しないと主張しました。
 これに対し被告(特許庁側)は、「プロダクト・バイ・プロセスクレームの形式をとっていたとしても、特許請求の範囲及び本件明細書の記載から物の構造又は特性が一義的に明らかである場合には明確性要件を充足する」と主張しました。
 結果的に裁判所は、「本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされていない。」「・・・(明細書記載の製造方法と)製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明6及び訂正発明9の製造方法が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められない。そうすると、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。」として、本件発明6及び訂正発明9は明確でないと判断しました。
 ・・・これだけを読んでもよく判らないですよね(苦笑)。
 結局、出来上がった電鋳管は「肉厚が5μm以上50μm以下」のものなので、実際に目の前にそのような電鋳管があったとして、それが本件発明の製造方法で製造されたものかどうかが判らないよ、ということの様です。
 
この判断自体は、確かにそうだなとは思います。ただ、明細書に記載されるように本当に出願時点で肉厚が5μm以上50μm以下である電鋳管の製造方法が他に無く、本件発明がはじめてそれを実現したものだとすれば、ほかにどうやって発明を特定する方法があったのか、なかなか興味深いものがあります。不可能・非実際的事情とは断言できなくとも、それに近いものがあったのではないでしょうか。
 原告は、出願時点で電子顕微鏡(SEM)観察などで電鋳管の内面精度を観察することは技術的に可能であったから発明を構造で特定できた筈だ、といった主張をしていますが、仮に電子顕微鏡(SEM)で電鋳管の内面を観察したとして、一体どうやってその製造方法特有の形状・構造を特定するのか、日々明細書を書いている人間としては非常に興味があるところです。細線材を電鋳管から引っこ抜くので”内面において引き抜き方向に傷状の線を有する”などと特定するんでしょうかね。
 日々明細書を書いている人間として、本件発明を適切に構造で特定するのは難易度がかなり高いと思います。それに、日々開発業務を行っている中で特許出願のためだけに製品を電子顕微鏡(SEM)観察までして調べるというのは、よほどのことが無い限り通常行わない(行えない)ように思います。
 とはいえ、最初に戻りますがどうしても出来上がった電鋳管は「肉厚が5μm以上50μm以下」のものにすぎないので、その様な構造の電鋳管すべてに特許権の効力が及ぶとするとそれは問題です。
 本件を今後の明細書執筆に活かすとすれば、新規な製造方法で製造された物ではあるけれどその物自体は公知または想到容易である場合に、新規な製造方法によってその物に何か特有の痕跡が残るかどうか、発明者とともに(できうる範囲で)確認し、それを明細書にきちんと開示しておく、ということになるでしょうか。

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。