進歩性に悩める弁理士のブログ

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【裁判例】 令和4(行ケ)10037 技術分野の関連性

 今回から令和5年の裁判例の検討スタートです。令和5年も、当分は3/22の記事に記載した基準で裁判例を取り上げることとしますが、今年は1年ぶんを短期間でまとめて検討した令和4年裁判例と違い、リアルタイムでチェックしていくことができるため、余裕があれば上記基準から外れる裁判例も検討するかもしれません。
 さて今回は「令和4(行ケ)10037」について検討します。判決言渡日は2023/2/7です。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消されたものです。(請求項3に係る発明(以下「本件発明3」)が進歩性なし)

【本件発明3(特許6158675)の概要】
 最近ホームセンターやワークマンなどでよく見かける空調服に関する発明です。脇腹あたりに外気を取り込む吸気ファンが設けられている、あれですね。
 先に解決課題を説明したほうが判り易いかもしれません。下図の図7、図8は従来技術の説明に用いられているものです。

 脇腹あたりに送風手段11が設けられており、空調服内に外気が取り込まれます。取り込まれた外気の一部は、図8の矢印で示される様に首後部と、襟後部12との間の空気排出口13から排出されます。
 襟後部12には一組の調整紐21が設けられていて、この調整紐21を所望の長さに結ぶことで、襟後部12と首後部との間に空気排出口13を形成することができ、また、空気排出口13の開口度を調節することができます。
 ところが一組の調整紐21を結んで所望の長さにすることは難しく、空気排出口13の開口度を適正に調整することができず、空調服の性能を十分に発揮することが困難でした。これを解決するのが本件発明です。
 本件発明3は上記課題を解決する為に、簡単に言うと調整紐21に相当する部分を、ボタン留めできるベルトに置き換えたものとなります。図6は真上から襟の部分を見た図であり、一対の調整紐の代わりに第1調整ベルト51aと第2調整ベルト53とを用いて空気排出口13を形成します。第1調整ベルト51aには留め具(ボタン)512が設けられ、第2調整ベルト53には留め具512を掛ける為の貫通孔(ボタン孔)532が形成されていて、ボタン留めすることで二本のベルトを接続できるものです。従って一組の調整紐を結ぶ従来技術に比べて、空気排出口13を容易に形成することができます。また下図では貫通孔532が一つしか形成されていませんが、複数形成することで、空気排出口13の開口度を複数段階に簡単に調整できる、とされています。

【引用発明】
 裁判では以下の引用例が示されました。
 <甲41(公然実施発明)>
 上記の一組の調整紐21を備えた空調服(本件特許明細書において従来技術とされたもの)が記載されています。尚、甲41は特許文献ではなく、カタログです。
 <甲30(登録実用新案3172651)>
 空調服ではなく介護用パンツにおいて、本件発明の様にボタン留めでウェストを調整できる構造が甲30に記載されています。またボタン留めに代えて面ファスナーなどでも良い旨の記載があります。
 下図はボタン留めの実施形態を示す図であり、帯紐6aの止め部材7aを、帯紐6bのいずれかの止め部材7bに止めることができる構造となっています。

 この様に甲30の介護用パンツ(以下「甲30発明’」)と本件発明の空調服とは、ボタン留め構造の点で(のみ)共通するものです。

【要点】
 甲30発明’のボタン留め構造を公然実施発明に適用すれば、構成上は本件発明3となりますが、甲30発明’のボタン留め構造を公然実施発明に適用し得るかどうかが争点の一つとなっています。
 被告(特許権者)は、公然実施発明と甲30発明’の技術分野に関し、「(いずれも)抽象的には「被服」に関する技術分野に属し得るが、技術分野が関連しているというためには、前者と後者の技術事項を検討する必要がある。」、「公然実施発明は空調服の空気排出口に係るものであるのに対し、甲30発明’は空調服の空気排出口に関する技術ではなく、技術分野が完全に一致しておらず、「被服」の点において近接するにとどまり、両者の技術分野の関連性は薄い。」と主張しました。
 これに対し裁判所は、「空調服と介護用パンツは、その形状や使用目的を異にするものではあるが、いずれも身体の一部を包んで身体に装着する「被服」であるという点では、関連性を有するものである。」、「空調服も被服である以上、空調服に係る当業者は、被服に係る各種の先行技術を参酌するのが通常であるといえる」として、原告の主張を否定しました。
 そして「(その他複数の文献に基づけば)本件出願日当時、被服の技術分野においては、2つの紐状部材を結んでつないで長さを調整することや、そもそも2つの紐状部材を結んでつなぐこと自体、手間がかかって容易ではないとの周知かつ自明の課題が存在したものと認められる」、「本件出願日当時の当業者は、甲30発明’につき、これを2つの紐状部材を結んでつないで長さを調整することが手間で容易ではないとの課題を解決する手段として認識するものと認めるのが相当である。」と認定し、結論として公然実施発明に甲30発明’を適用して本件発明の構成に容易に想到し得た、認定しました。

【考察】
 原告の主張も理解できるものがあります。いくら「被服」の技術分野といえども、空調服の開発者が果たして実際に開発の場面で介護用パンツの文献を参考にするかと言われると・・・その可能性はあまり高くない気がします。それと「長さの調整」に関し、空調服の場合は空気排出口の開口度を調整するものであり、単なる長さの調整とは次元が違う、というのも理解できます。
 尚、本件公報(特許6158675)と甲30公報(登録実用新案3172651)に付されている国際特許分類を見てみると、本件公報にはA41D  13/002(衣服内環境が調整されるもの)が一つ付与され、甲30公報には筆頭としてA41B   9/02( 股布または布片が取り付けられたまたは取り付けられていない男性用ズボン下またはアンダーパンツ)が付与されています。技術分野としては遠いような気がしますが、特許サーチャーに(開発の参考情報を得るために)先行技術調査を依頼すると、甲30公報は参考文献として挙がる可能性は割と高いのかもしれません。
 いずれにせよ、一対の調整紐を公知のボタン留めベルトに置き換えるだけで本件発明3を構成できてしまうので、この点において進歩性有りを主張する側がやや難しい戦いを強いられると言えるでしょう。
 しかし、特許庁は介護用パンツでのボタン留めと空調服でのボタン留め構造とは、目的や機能を異にするものであり、介護用パンツのボタン留め構造を空調服に採用する動機付けがない、と認定しているので、対特許庁という観点では、技術的意義の相違というのは大いに利用できる要素ではあります。
 ところで被告(特許権者)は、本件発明3の解決課題の一つとして、従来技術である一対の調整紐を用いた場合には調整紐の結び目が空気抵抗となり空気排出の障害となることを挙げています。
 本件発明3はこれを解決できるものであり、異質且つ顕著な作用効果と主張できそうな気もします。(顕著ではないかな~?)
 裁判所はこの点に関しては何ら触れていませんが、空調服におけるボタン留め構造ならではの技術的意義を被告がもう少し何かひねり出して主張できていたら、裁判所がどのように判断したか、興味のあるところです。

【詳細情報】
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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。