進歩性に悩める弁理士のブログ

主に自己の業務の備忘録として思うまま書いていきます ※業務以外の雑談も

【裁判例】令和3(行ケ)10082 阻害要因

今回は「令和3(行ケ)10082」について検討します。判決言渡日は2022/05/31です。拒絶査定不服審判での拒絶審決に対しての取消請求事件であり、審決が取り消され、結果的に特許されたものです。

【本件発明(特許7136755)の概要】
電気絶縁ケーブルに関するものであり、シース(外側の被覆)とコア材との間にテープ部材を配置したことに特徴があります。従来技術では、シースに刃を入れてコア材を取り出す際に取り出し易くするため、コア材の外周面に粉体を塗布しておき、シースを剥がし易くする技術が存在していたものの、それだと粉体が周囲に拡散してしまい、作業性が低下することに鑑み、上記テープ材を用いたものです。
(下図は本件明細書の図3に当方が赤字で名称等を記載したもの)
尚、実際の請求項1は、テープ部材のみならず、下図の構造を権利化するべくかなり細かく限定されています。(コア材の用途、導体の直径等)


【主引用例(甲1)】
特開昭62-122012号が主引用例(甲1)となり、下図はその図1です。
本件特許の「テープ部材」を除いた構成に相当するものが開示されています。

 

【副引用例】
本件特許の「テープ部材」に相当するものがそれぞれ開示されています。(赤丸は当方が付したものであり、本件特許の「テープ部材」に相当する部分です」

【要点】
特許庁が上記各引例をもとに本件発明の進歩性を否定したことに関しては容易に想像できますので、ここで詳細を記載する必要はないでしょう。
裁判所も、「コア電線にテープ部材を巻くことは周知技術であり、その結果としてコア電線とシースとの間にテープ部材が配置されることも周知技術であったと認められる」としています。
当方も上記各引例を見るに、本件発明の進歩性はない様に思いました。ところが裁判所は、阻害要因を理由に本件発明の進歩性を肯定しています。これには正直驚きました。
理由は、甲1発明の解決課題と手段にあります。甲1発明は、解決課題の一つとして本件発明と似たような課題、即ち線心の取り出しを容易に行うことを解決課題の一つとして挙げており、それを解決する為に、線心をシース(被覆)で覆うのみとする点を解決手段としています。従って甲1発明において本件発明のようなテープ部材を配置すると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまう、として阻害要因を認定しています。
結果だけ見れば確かにそうだな、とは思いますが、当事者の立場で上記の様な阻害要因を見つけ出すのは、引例をしっかりと読み込み、理解した上で熟考しないとできないことです。なかなか思い知らされる案件です。

尚、以下は完全に当方の私見になります。本件発明の課題と解決手段からすれば、被覆層の内側の線材に関し細かくクレームで限定する必要は無かった様に思います(「テープ部材」があれば課題解決できるので)。全くの想像ですが、引例と少しでも構成の相違を出す為に、実施技術に限定してでもも良いから線材を細かく限定したのではないでしょうか。その結果、特許庁からすれば主引例として落とし穴のあるものを挙げてしまった、という感じに見受けます。違う引例が主引例であれば、結果は異なっていた様に思います。
日常の実務で意図的にその様なミスリードを誘うクレーム限定をするというのは勿論不可能ですが、課題解決に直接関係のないクレーム限定というのも時にはこの様な形で功を奏するものだと感じました。

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。