進歩性に悩める弁理士のブログ

主に自己の業務の備忘録として思うまま書いていきます ※業務以外の雑談も

【裁判例】 令和3(行ケ)10136 容易想到性の判断誤り

今回は「令和3(行ケ)10136」について検討します。判決言渡日は2022/08/31です。無効審判で無効にされた部分を取り消す請求に対し、理由があるとして審決が取り消され、結果的に特許されたものです。

【本件発明(特許613832)の概要】
 電子部品の端子を基板のランド(はんだ付けを行うための銅箔部分)に半田付けする技術です。以下、簡単に要点のみ記載します。
 下図において着色部分は当方が付したものです。青色が電子部品の端子で、基板の穴に挿入されています。茶色がランドで、左図の赤い棒が溶融前の半田片であり、右図の丸まった赤いものが溶融後の半田です。ピンクは半田コテに相当するノズルです。ノズル内側で半田片が加熱、溶融されます。
 
 左図においてノズルの熱は半田片に伝わり、半田片は溶けます。その際、ノズル内径が充分大きければ、溶けた半田片は丸まって真球になりますが、本件発明ではそうならないように寸法設定されており、それによって右図で示す様に溶けた半田は真球になれないまま端子の上に載った状態で停止します。
 このことによってノズルの熱は半田に十分に伝わり、そして半田から端子に十分に伝わる為、端子がランドに確実に半田付けされることとなります。
 仮に、ノズル内で半田が真球になるとノズルから半田に熱が十分に伝わらない為、「半田が真球になれないまま端子の上に載った状態で停止する」という点が発明の肝になっています。

【引用例(甲1:特開2009-195938)】
 下図において着色部分は当方が付したものであり、本件発明と同じ構成には同じ色を付しています。本件発明と同様に、ノズル内で半田片を溶融させ、端子をランドに半田付けすることが開示されています。
 但し、本件発明の肝である「半田が真球になれないまま端子の上に載った状態で停止する」という点は記載がありません。

【要点】
 甲1文献には、「半田が真球になれないまま端子の上に載った状態で停止する」という点は記載がありませんが、ノズル内径、端子径、半田片の径などについて記載があり、特許庁は半田に含まれるフラックス(やに)の含有量が1wt%である場合、計算の結果、溶けた場合に半田が真球になれないので、上記相違点を容易に成し得たと認定しました。
 これに対し裁判所は、フラックスの含有量を1wt%とする半田は、本件出願当時、やに入り半田の市場において普通に流通しておらず、本件発明の課題や作用効果を知らないまま、上記相違点を得るためにフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用しようとする動機付けはない、と認定しました。
 尚、フラックスの含有量が小さい半田を用いると、半田付け不良の原因になるという技術的背景もありました。

【考察】
 特許庁は審査基準において所謂「後知恵」を排除する様に審査官に注意喚起しています。*1
 審査官の中には、引用文献をもとに一旦進歩性が無いという心証を抱いてしまうと、全力を挙げて(?)それに沿う様に強引にストーリーを作り上げる様な人がいます。(拒絶理由通知を読むと、そう感じざるを得ないことがあります) 実務では時々遭遇するもので、本件発明を知らないでただ引用文献を読んだ当業者はどうやったってそんなところ気づかないでしょ!と大声で審査官に叫びたくなることがあり、本件もそれに近い感じがします。
 構成の相違により特有の作用効果が生まれ、その相違点が引例に記載も示唆もない以上、本件発明の進歩性を否定した審決は不当であったと強く感じます。
 尚、フラックス含有量1wt%の半田は、本件出願当時、やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものですが、JIS規格にはやに入り半田の規格としてフラックス含有量1wt%のものは記載されており、特許庁はこれを用いて反論しました。しかし裁判所は、流通面の事情を重要視しました。これは、個人的には非常に妥当な判断であると感じます。

【詳細情報】
知財高裁 裁判例検索結果へのリンク


※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。

*1:「後知恵」とは、最初に発明の知識を得た上で進歩性の判断をすると、あたかもその発明が容易に成し得たように感じてしまったり、引用発明の認定の際に本件発明にひきずられてしまったりすること