進歩性に悩める弁理士のブログ

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【裁判例】 令和5(行ケ)10107 容易想到性の判断の誤り

 また、久しぶりの裁判例の検討となります。今回は「令和5(行ケ)10107」です。判決言渡日は少し前になりますが2024/8/28。無効審判の不成立審決を取り消す請求に対し、理由があるとして審決(一部)が取り消されたものです。(特許庁は進歩性ありと判断、裁判所は進歩性なしと判断)
 尚、請求項1に係る発明(本件発明1)と請求項4(本件発明4)に係る発明の進歩性が否定されましたが、事案に鑑み、主として本件発明1に関して説明し、本件発明4に関しては最後に軽く触れるのみとします。

【本件発明1(特許6114435)の概要】
 コイルに電流を流し、電磁誘導により加熱対象物を加熱する装置(元も身近な例がIHクッキングヒーター)に関するものであり、発明の名称は「誘導加熱コイルユニット」です。

 黄緑色が加熱対象物90です。加熱コイル20(ピンク)が、ケース30(赤+青)に収容され、ユニット化されています。ケース30は、第1ケース31(赤)と第2ケース32(青)とを組み合わせて構成されています。
 特徴としては幾つかありますが、その1つが「ケース30が、電気絶縁性及び耐熱性を有する材料、例えばセラミックや樹脂等の非金属材料で構成されている。」点です。厳密には、請求項には「電気絶縁性を有するセラミック又は樹脂で構成され前記加熱コイルを収容するケースと、」と記載されています。
 その作用効果は、「取り扱いの安全性を確保するために、加熱コイル20の周囲を、電気絶縁性を有する樹脂等で覆う必要がない。」というのものであり、更にそれによる効果として「冷却用気体の一部が加熱用コイル20の巻線間を抜け易くなる。」と記載されています。(本件発明1は、コイル20の冷却も解決課題としている)。

【引用発明】

 下図は、甲1発明とされたものであり、コイル16(ピンク)がコア10(赤)に収容され、ソールプレート26(緑)で蓋をされた様な構成となっています。加熱対象物は本件発明1の図とは逆で、ソールプレート26側に配置されます。コア10(赤)は、「フェライト材料または粉末鉄」で作られることが記載されソールプレート26の材料については記載がありません。

【審判での判断】
 審判では、本件発明1と甲1発明との「相違点1」として、「「ケース」に関して、本件発明1では「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成され」るのに対して、甲1発明では「フェライト材料または粉末鉄で作られたコア10と、ソールプレート26」であることを認定し、この点に関し以下の様に判断しました。
「甲1発明に、そのコア10を「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂」で構成する特段の事情や動機付けは存在せず、かえってそのように構成した場合には、本来の機能を発揮できなくなるという阻害要因が存在する。

【審決に対する原告の主張】
 原告は、以下の様に主張しました。
「本件審決は、特段の事情がないのに恣意的に特許発明の意義を限定し、本件発明1の「ケース」の「全て」が「電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される」と解釈しているが、請求項1には「ケースの全て」に限定する記載はないから、「ケース」の「一部」が前記構成のものも含まれると解される。
  相違点1につき判断すべきは、本件発明1の「ケースの少なくとも一部が電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される」点が、甲1 発明から容易に想到し得たか否かであるところ、甲1発明において、ケースの一部であるソールプレ-トの材料として磁束を透過させ、対象物を加熱する目的から「電気絶縁性を有する素材」を用いることは記載されているに等しく、その材料として「セラミックまたは樹脂」を用いることは設計事項である。」
 ・・・つまり、電磁誘導により加熱対象物を加熱する装置において、コイルと加熱対象部との間のケース部分は通常、電気絶縁性を有する素材であるから、本件発明1の第1ケース31(赤)が電気絶縁性を有するセラミックまたは樹脂で構成される点まで請求項の記載で限定されていない以上、「ケース30」が電気絶縁性を有する素材で形成することは設計事項である、というロジックだと思われます(当方の解釈です)。

【裁判所の判断】
 裁判所は、以下の様に認定しました。
・「ケース」が電気絶縁性を有するセラミック又は樹脂という要素「のみ」により構成されることを表すような文言は請求項1には記載されていないし、明細書の記載を参酌してもその様な記載は見当たらない。
・他文献(甲41、42、43)には、誘導加熱の技術において、電気絶縁性の非磁性材の構成材料としてセラミックや樹脂があったことが記載されている。
・甲1発明の「ソールプレート26」は、コイルを収容するケースとしてコイルと加熱対象物との間に置かれ、コイルによって発生した磁束を加熱対象物に届かせるため、当該磁束を通過させる材料で構成されているものと理解される。そして、誘導加熱の原理からすると、電気絶縁性の非磁性材は、磁束に何ら影響を与えることなく、磁束を通過させる性質を有するものであり、前記各文献によれば、電気絶縁性の非磁性材の構成材料としてはセラミックや樹脂があったことが周知であったと認められる。
・以上によれば、本件発明1と甲1発明の相違点1については容易想到であったというべきである。

【考察】
 裁判所は、リパーゼ判決(特別の事情がない限り、当該発明の要旨は特許請求の範囲の記載通りに解釈しなければならない)に沿って本件発明1の「ケース」の要旨を認定し、相違点1について容易想到と判断しました。この点は、首肯できるものであり、納得感がある判決です。
 実務においては、明細書執筆者が実施例に引きずられてうっかり特許請求の範囲での限定(→作用効果を導きだす為に必要な限定)を失念することや、或いは広い権利範囲を狙おうとして意図的に特許請求の範囲をぼやっと記載することが考えられます。前者の場合はどうしようもないですが、後者の場合であれば、本件では少なくとも第1ケース、第2ケースを特定する従属請求項を作っておくことがセオリーです。

本件発明4に関し】
 本件発明4は、審決において引用発明との相違点を以下の様に認定されました。
「「誘導加熱装置」に関して、本件発明4は、「誘導加熱コイルユニット」であるのに対し、甲5発明は、「ユニット」であるか不明である点。」
 甲5発明というのは、完成品の発明であり、審決では本件発明4が一つの単位部分(ユニット)であるから容易想到でない、と認定されました。
 これは、ちょっと考えただけでも「?????」という認定です。
 案の定、判決では上記認定は否定されました。(以下はその抜粋)
「・・・甲5発明は、それが調理器具として完成品であったとしても、他の誘導加熱システムの構成単位として使用することも可能である以上、本件発明4の「誘導加熱コイルユニット」に該当するものと認めることは妨げられないというべきである。したがって、相違点4は、実質的な相違点ではないというべきである。

 

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※注)上記裁判例に関する本ブログの記載はあくまで個人的な見方となりますこと、ご了承ください。